26/05/17 パンデミックこそが、裏磐梯一法庵(=岩の上の家)の生みの親だったのか、、

令和八年(2026)  鎌倉マインドフルリトリート in 鎌倉一法庵  山下良道(一法良道、スダンマチャーラ比丘、Ngawang Sangye)

嵐から聖域へ、岩の上に家を建てる NotebookLMによるスライデック

NotebookLMによる問答集

パンデミックの最初期に於けるエックハルト・トールさんのメッセージ

20/03/29 岩の上にしっかり建てられた家は、たとえパンデミックの中でも

砂の家から、岩の上の家へ  NotebookLMによるスライデック

From Sand To Rock    Geminiによるスライデック

裏磐梯一法庵の本堂の北側の壁に飾られる3人の写真。↓

Screenshot

4 thoughts on “26/05/17 パンデミックこそが、裏磐梯一法庵(=岩の上の家)の生みの親だったのか、、

  1. 自己解決しました。

    不快感が現れれば、不快感を、静けさがきたら、静けさを念じればいい、という結論になりました。
    五つのバランスにおいて、信と智慧のバランスがあります。どうやら、大きくなった智慧のためバ
    ランスが崩れ、「こうすればいいのではないか」と考え、現れた現象を念じつづける、から離れてい
    ると理解できました。
    気持ちが明るくなった、頭のしめつけが強くてサマタみたいになる、と考えたとき、「考えている」
    と念じればいいのに、こうすればよいのではないか、と念じずに悩んでしまいました。
    「観の染汚である、微欲」や「掉挙悪作(動揺)」に負けてしまったんだと思います。
    今は、現れるものは、どのようなものでも、全て念じています。

  2. 相談したいことがあります。
    瞬間定を連続させるメソッドの瞑想を実践して、進展がありました。しかし、念じる対象が小さくなり、定(集中)と精進(エネルギー、活力)のバランスがとれません。他ごとに巻き込まれるので、定を強めるようにしましたが、まだ巻き込まれます。
    もう初心者ではないので、巻き込まれたら、すぐ念じて、きづくことができます。巻き込まれながら、巻き込まれることを念じながら、他の対象を念じることもできます。
    しかし、定と精進のバランスが、うまく取れません。念じる対象が小さく、まるで蟻の観察をするようになっています。

    今現在の私の瞑想の進展は以下のとおりです。

    今までのことをまとめたい。眼を閉じると、頭が締め付けられるようになった。サマタのように、締め付けだけが現れるので、力を抜いて、サティを強くする方針にした。締め付けが弱まり、眼を閉じていても、外の明かりが見え、気持ちが明るくなった。理由なく、気持ちが静かになったりした。眠気が現れ、眠気対策のために精進を強くする方針にした。眠気が弱まり、怠惰が現れ、身体が熱くなり背中がチクチクするようになった。念じる対象が小さくなり、小さい対象を細かく念じるため、定と精進のバランスをとろうとして、全体的に改善している。しかし、定と精進のバランスがとれないので、他ごとに巻き込まれる回数が増えている。対象をよく見ようとして、精進がつよくなっていると推測した。

    1. 補足します。

      不快感や、強い恐怖を感じる時があります。瞑想の進展により、そういうことが現れるといわれました。
      とにかく瞬間定を連続させるには、念じることをつづけるだけなので、それらも念じます。
      しかし、今回の不快感は、瞑想をしていないときも現れ続けていて、辛いです。日常瞑想として念じます
      が、何かアドバイスがあれば、返信してもらえないでしょうか?

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