19/06/11 「宗教体験をめぐって」 藤田一照 & 山下良道

令和元年(2019) 仏教対談 @ 愛知 in 東別院会館

 藤田一照 山下良道(スダンマチャーラ比丘)

2 thoughts on “19/06/11 「宗教体験をめぐって」 藤田一照 & 山下良道

  1. 「宗教体験をめぐって」について思うこと。

    体験という言葉が、あるときは、realizationの意でつかわれ、
    あるときは、experienceの意でつかわれていて、混雑している
    ようにおもいます。

    それでは、ここで言わんとされるexperienceとは、なにを言わんと
    しているのか。わたしの経験では、gap を experience するのだと
    おもいます。realization(或いはunderstanding)はもうすこし奥で
    展開するものと理解します。

    gapに対する態度は三つに分けることができるとおもいます。
    gapに反射的に恐怖を感じ、避けようとする。
    gapに目をつぶって走り抜けようとする。
    この二つは既に恐怖にのみこまれてしまっています。
    あるいは、落差をうめることのみに翻弄する。
    閉鎖系です。

    開放系として、
    gapを恐れないか、あるいは、恐れを味わい、実態がないことをしり、

    Gap というのは源であり、創造性を支えるエネルギーに満ちた、
    豊かな次元をしる。微細という表現もこの辺りで使われる
    とおもいます。
    mindfulness of mind, mindfulness of speech and mindfulness bodyつまり 
    Mindfulness (良道さんの言われる)

    さて、ここで 瞑想ということばを整理すると
    いわゆるmeditationはformを支えとして次の段階の準備にあたり、
    もうひとつは meditationless meditation でformless meditation.
    これが、只管打坐にあたると理解します。

    良道さんが「外へ行く」あるいは、跳ぶ(意識の飛躍)は
    mind action, speech action,body actionのうち カルマに
    最も影響力をもつ、mind actionの閉鎖性と開放性に言及されている
    のに、比して、一照さんは一気にactionless mind, speech and
    bodyから始めるしかたですね。

    ここで一照さんが「とぶ」という言葉をつかわれているとき、
    body actionがともなってイメージされていて。
    良道さんが「とぶ」を使われているとき、開放性が展開すること
    つまり、mind action が静まれば自ずと顕れる開放性だと理解します。

    同じような、開放性について、言及されていそうですが。
    良道さんの言われたことに、「安易に同じとしてしまうのは問題だ」
    は同意します。それでは、なにが、混雑しているのか。
    おそらく、空性ともう一つの切り口である相互依存性についての定義を確認してから
    話をすすめるべきだとおもいます。(分別による名称の付与、原因と条件、、、)

    「仏教3.0」はおそらく、将来的に第一法輪、第二法輪、第三法輪に帰結すると 
    おもいます。また、第三法輪は第二法輪に、第ニ法輪は第一法輪に依るという
    ことを、提示するために、日本の状況を切り口にされているのでしょう。

    良道さんの進め方、つまり、心の本性と法性は本来一体だけれど、まず、
    心とは?からはじめる、というのと、
    一照さんの本来一体なのだから、そのままで、行ききるというありかた。
    非常に面白い対談でした。

    簡単な自己紹介をしておきます。あとになりすみません。

    岡本栄一と申します。1953年生まれで同世代です。
    2019年の正月が越せるか、また、桜が見られるかと思い、
    いまは、この夏が越せるかなと日日を過ごします、いわゆる
    末期がん患者です。自身では、病はもうおわって、つぎの
    プロセスに入っていると自覚しております。
    このプロセスは興味深いことに、日ごとに灯明がその煌きを
    を鮮明にし、温もりもムックリしてくるようにおもいます。

    お二人の熱心さに敬意を表して、

    岡本栄一 拝

    • 私も実際の所
      病気で苦しくて苦しくて

      でも
      法話を2年ほど聞いていて
      こんなふうに思うようになりました

      私は苦しいけれど
      観世音浄聖 於苦悩死厄 能為作依怙
      いつも第4図の私たちに慈悲を送ってる
      形あるものに
      具一切功徳 慈眼視衆生
      それも一切の功徳を具して
      福聚海無量 是故応頂礼
      ものすごく、すごく、
      海のごとく計り知れない慈悲の存在で
      強く、強く、この世界の何よりも強い慈悲
      だから、信じて疑うな
      なぜなら
      色不異空空不異色
      その、この世界の何よりも強い慈悲で形ないものと
      この世界の私は、異ならない、違わない、離れてない、別れていない

      私は観音様に帰依します

      是故応頂礼

      南無観世音菩薩

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