18/08/05 「只管打坐とマインドフルネスの対話」の後の風景

2018(平成30)年 鎌倉マインドフル・リトリート 山下良道(スダンマチャーラ比丘)

7月30日「只管打坐とマインドフルネスの対話」奥村正博師と 於:由比ヶ浜公会堂

18/08/05 「只管打坐とマインドフルネスの対話」の後の風景” への2件のコメント

  1. 今回の法話が、私にとっては、一番スリリングでした。

    奥村先生の仰る「主体」は、山下先生の仰る「真実を認識している、本来の私」と、実は、イコールなのではありませんか…?
    つまり、奥村先生は、禅僧の大勢から、既に抜きん出ておられ、「真実を認識している、本来の私」に、至っておられるのではないでしょうか…?

    その確認のために、奥村先生の「今を生きるための般若心経の話 」を、購入してしまいましたよ。
    7月30日の対談が掲載されるサンガの冊子と、10月出版予定の山下先生の御本も、楽しみにしています。

    コメ内にて失礼します。
    石橋さま。
    瞑想以外でも「もう一人の自分」が出現するケースはありますよ。
    山下先生が、過去の法話で、そのことに触れておられます。
    すみません。日付は解りませんが、去年の夏~秋あたりでした。

  2. 本当の自分とは何か!?
    私は、30年間Thiniking Mindを自分自身だと勘違いして生きてきたような気がしてなりません。
    本当の自分を踏み付けて、自分の妄想や欲を自分自身に押しつけ、内側の声は否定しながら生きてきたのかな?と感じています。
    案の定全くうまくいっておらず、頭で考えた世俗的な欲を満たすこともできず、本来の願望も何も出来ずじまいだったということを認識しながら、これまで全く知らなかった仏教や瞑想の世界に触れるために必要な経験だったのかもしれないという思いもあります。
    今まで一度も出番のなかったもう1人の自分は、瞑想によってのみ現れるのでしょうか?

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